スマートシティにおけるリスクマネジメント

  • 経営・マネジメント

リスクマネジメント最前線

2020/11/24

目次

  1. スマートシティの類型
  2. 事例:国内外におけるスマートシティの状況
  3. 既存のスマートシティ事業から得られる教訓
  4. スマートシティ事業におけるリスクマネジメント

スマートシティにおけるリスクマネジメント- リスクマネジメント最前線PDF

執筆コンサルタント

青島 健二
ビジネスリスク本部 ビジネスリスク第 3 ユニット 上級主席研究員

 

スマートシティ(Smart City)とは、「電力、交通、建物、行政サービスなどのインフラを、ICT[1]を活用することで効率化し環境配慮型都市を構築し、持続的成長を実現する概念」とされる[2]。自治体と企業がそれぞれに享受できるベネフィットがあることから手を取り合い、その実現に向け世界の各地で取り組みが進められている。日本では、2010年前後に実証事業が各地で行われたが、それらの多くはエネルギーの効率的な利用のあり方を模索する中での取り組みであり、実証から本格事業へと駒を進めることが出来ていない。一方で、欧州・デンマークなどで推進されているスマートシティは、ヒトと投資を呼び込むことが出来るだけの魅力ある都市くりを最終的なゴールとし、そのマイルストーンとしてエネルギーの効率活用によるCo2の削減や、そのためのICT導入を進めており、またその事業は持続的な成功に向かっているように見える。

本稿では、今までの国内外におけるスマートシティの取り組みを振り返り、そこから浮かび上がる事業推進上の課題について、リスクマネジメントの観点から考察する。

1. スマートシティの類型

スマートシティは「ICTの活用」「環境に配慮」というキーワードでは各地・各事業間で一致をみているものの、事業を企画した動機や狙い、目標はそれぞれに異なる。それらが相違する大きな背景には、事業主体が自治体であるのか、民間企業であるのかという点がある。自治体に関していえば、人口増加と産業の成長に支えられて潤沢な税収を確保できているところは決定的な取り組み動機が乏しく、逆に人口減少と産業の衰退により税収不足、縮小均衡に陥っているところはその打開策の一つとして十分な動機がある。何故ならば、昨今のSDGs[3]ブーム、ICTの進展、市民の環境意識の高まりにより、スマートシティがヒトと企業を呼び込むに値する概念になってきているからである。一方、民間企業に関して言えば、「第4次産業革命[4]」の主役たりうるGAFA[5]や、「MaaS[6]」の主役たりうる自動車メーカーそれを取り巻くプレイヤー(電機メーカーや保険会社など)は、自社の技術を総合的に宣伝する場、ないしは新規サービスを実証実験する場としてスマートシティを事業化しようとしている。その先にあるゴールは勿論、自社としての売上・利益の増大である。

また、スマートシティという都市を構築する方法の違いも、それらを類型化するための一つの軸である。自治体主導、企業主導を問わず、既存の都市を活用し、スマートシティとして再開発する方法と、未開発のエリアを新規に開発する方法の2つに分かれている。新規開発の場合は、旧来の都市開発のように不動産ディベロッパーが主導するケースも多いように見受けられる。

以上の観点から、事業目的と開発方法の2軸でスマートシティを分類し、それぞれの象限で代表的な事業を紹介することとする。

■図1 スマートシティの類型

図1 スマートシティの類型
出所:筆者作成

. 事例:国内外におけるスマートシティの状況

(1)北九州市 “スマートコミュニティ創造事業”

北九州市は1901年の明治時代に操業を開始した「官営製鐵所」からの産業城下町であったが、近年は鉄鋼業が縮小・撤退する中で産業構造が変化し、2000年代からはサービス業が産業をけん引する形となっている。とはいえ、鉄鋼産業は北九州市における経済規模や雇用の維持に一定の貢献を果たしており、そのため自治体は同産業の維持と自治体に対するベネフィットの相乗効果を企図して「北九州スマートコミュニティ創造事業」2010年から2014年までの5年間にわたり実施した。その概要と狙い、結果は次の通りである。

■図2 「北九州市・スマートコミュニティ創造事業」の概要と狙い、成果

事業名
(エリア)
事業規模 当初の狙い 成果
北九州スマートコミュニティ創造事業(北九州市八幡東区東田地区)
  • 面積
    1.2㎢
  • 就業者数
    約 6,000 人
  • 居住者数
    約 1,000 人
国・北九州市:スマートグリッド[8]をこれからの日本の経済成長を担う新たな産業として育成
  • 産業
    ピーク時は45事業所が参画したが、終了時には43事業所と参画数が減少
  • 人口
    北九州市八幡東区:2010年から5年間の人口減少率は4.1%

図2 「北九州市・スマートコミュニティ創造事業」の概要と狙い、成果[7]

スマートシティの実現手段は「ICTの活用」、それにより実現される姿が「環境に配慮」した都市、具体的な環境負荷の見える化ツールはHEMS Home Energy Management System)、BEMS Building Energy Management System)ということ自体は一般的なものである。本事業では当初、製鉄所から排出されるメタンを分解することで得られる水素[9]を自治体が買い取り、発電や自動車に活用することで、製鉄所の存続、コージェネ開発関連企業、水素自動車開発関連企業と市民の呼び込みを図っていたと思われるが、参加事業所の数は事業の最終年では減少し、また同地域の人口は引き続き減少傾向にあるなど、十分な成功をおさめているとは言い難い。その理由であるが、最終的なサービスの利用者である市民、中小企業における評価が芳しくなかったことが挙げられる。参画者に対する事業アンケート結果では、「初めの頃は見ていたが、次第にHEMSの表示器を見なくなった(市民)」「業務に支障をきたしてまでピークカットに対応するのは困難。BEMS導入前から、すでに省エネに取り組んでいる」などの意見が上がっており、このコミュニティで生活すること、事業を営むことに対する意義が見いだせておらず、そのため盛り上がりに欠けたことが指摘されている。また、水素自動車に関して言えば、チャージ場所である水素ステーションがスマートシティ内に1か所しか存在せず、利便性を高めるための取り組みが十分ではなかったようである。

(2)コペンハーゲン市“Copenhagen Connecting”[10][11]

デンマークの首都であるコペンハーゲン市は、第二次世界大戦が終戦を迎えた1945年にドイツ軍から解放されたが、市の人口は当時の約73万人から1990年には約46万人にまで減少した。その背景としては、デンマーク国内で女性の社会進出が急速に進展したために出生率が低下、その結果として人口減少が国全体においても、首都であるコペンハーゲン市においても発生したものと考えられる。ところが以降、同国ではホームワーキング制度、地域家庭医制度[12]などにより出生率の低下に歯止めをかけ、人口の増加につなげた。コペンハーゲン市では、国平均を超える人口の増大と産業の招致を目論み、2012年に策定されたエネルギー計画「コペンハーゲン2025気候プラン(CPH2025 Climate Plan)」などを拠り所としてスマートシティへの取り組みを進めている。その概要と狙い、結果は以下の通りである。

■図3 コペンハーゲン市におけるスマートシティの概要と狙い、成果

事業名
(エリア)
事業規模 当初の狙い 成果
コペンハーゲン市
  • 面積
    88.25㎢
  • 就業者数
    約 56 万人
エネルギーと環境問題を解決しながら、その結果として産業を含めた地域の経済的発展を実現[14]
  • 人口 
    コペンハーゲン市:2012 年から5年間の人口変動率はプラス9.7%(国全体の同期間での人口変動率はプラス3.0%)

図3 コペンハーゲン市におけるスマートシティの概要と狙い、成果[13]

スマートシティの実現手段は「ICTの活用」、それにより実現される姿が「環境に配慮」した都市ということ自体は一般的なものであるが、本事業の開始以降、国平均の人口増加率を同市の人口増加率が上回った状況にあるのは、導入したICTと環境に配慮した政策が人々の暮らしやすさ向上に有効に作用しているからだと考えられる。特に有効であるのは、自転車での移動を快適にするためにインフラを整備したことであり、ラッシュ時に時速20キロで走り続ければ赤信号で止まらずに走れるシステム「グリーンウェーブ(Green Wave)」の運用は、まさにICTが実現した快適な自転車交通の姿と言える(図5参照)。同市が市民に対して実施した調査では、自転車を利用する一番の理由が「速いから」(53%)、以降「簡単だから」(50%)、「運動になるから(40%)」、「安いから」(27%)、「便利だから」(23%)、「環境に優しいから」(7%)と続いており、スマートシティにおける高尚な概念よりも、自身のベネフィットが採用の決め手であることを如実に表している。

■図4 全ての移動方法に占める自転車移動の利用割合(コペンハーゲンとロンドンの比較)

図4 全ての移動方法に占める自転車移動の利用割合(コペンハーゲンとロンドンの比較)[15]

■図5 グリーンウェーブシステム導入後の、コペンハーゲン市における自転車の速度推移例

図5 グリーンウェーブシステム導入後の、コペンハーゲン市における自転車の速度推移例[16]

(3)アルファベット(Alphabet)・Quayside project “IDEA”[17]

Googleの親会社であるアルファベット傘下のSidewalk Labsが、カナダ・トロント(Toronto)で進めてきた「未来都市」のプロジェクトIDEA”は、2017年にカナダ・トロント市との提携発表により明らかとなった。アルファベットのエリック・シュミットEric Emerson Schmidt会長(当時)は、発表の席で「われわれの立場から、技術が人々の生活をどのように向上させることができるかについて10年近く考えてきたことの集大成」と述べ、Googleのカナダ本社をトロント市内の開発が上手くいっていなかった敷地に移転し、自動運転、ロボット・デリバリーシステム、低コストのモジュラー式木造建築、および各分野におけるデータ活用などGoogleの技術を体現した都市の構築を明らかにした。トロント市としては、Googleビジネスの恩恵を受けて雇用創出や税収の増加を期待した提携であろう。その概要と狙い、結果は以下の通りである。

■図6 Quayside project “IDEA”におけるスマートシティの概要と狙い、成果

事業名
(エリア)
事業規模 当初の狙い 成果
Quayside project IDEA”(カナダ・トロント市)
  • 面積
    約 0.048 ㎢

(1)雇用創出・経済活性化:
3,900 人の地域雇用、オンタリオ州で約 9,000 人以上の建設雇用を創出
(2)環境にやさしい開発
(3)手頃な価格の住宅
(4)新しいモビリティ
(5)データのプライバシーとデジタルガバナンス

2020年5月にSidewalk Labs、同社が開発への参画をとりやめることを発表

図6 Quayside project “IDEA”におけるスマートシティの概要と狙い、成果[18]

ところが、20205月にSidewalk Labs同社が開発への参画をとりやめることを発表。Sidewalk Labsの最高経営責任者(CEO)のダン・ドクトロフはその理由として「経済的に不安定な状態が過去に例のない規模で世界中で起きており、トロントの不動産市場も例外ではない。このため計画の中核的な部分を犠牲にせずにプロジェクトの収益性を確保することが、非常に困難になっている」とした[19]。Sidewalk Labsは、事業の推進プロセスごとに収益を立てるモデルを下表の通り明らかにしていたが、COVID-19により不動産市況・需給に影響が生じたことから「2.不動産開発」「3.不動産仲介」「4.開発資金の融通」「5.開発者としての報酬」に不確実性が高まったことが、早期の撤退を決断した一因であると思われる。

1 Sidewalk Labsの収益モデル[20]
Sidewalk Labsの役割 収益モデル
1. 事業計画パートナー
  • “Waterfront Toronto”(市開発公社)との契約関係
  • アドバイザリー的な役割に対するSidewalk Labsからのフィー受取り
2. 当該地域での不動産開発
  • 伝統的な不動産開発ビジネス
  • “Waterfront Toronto”との交渉による土地の販売
  • 収益が期待を超えた際の、“Waterfront Toronto”との利益分配
3. 他不動産の収益開発
  • 伝統的な不動産収益ビジネス
  • 州や市との交渉による土地の開発
  • 収益が期待を超えた際の、州や市との利益分配
4. インフラ関連融資
  • 建設開始に必要となるプロジェクト資金の融資
  • 街づくりに必要となる先進的なインフラシステム(例:“Toronto Hydro”)への融資
  • 公開されたRFP(要求仕様)により選定された委託会社への資金融資
5. ビジネスの横展開
  • “Waterfront Toronto”とSidewalk Labs は伝統的な不動産開発により得られる収益を、インフラコストにおける責務と提供リソースの提供比率に応じて分配する。
6. 先進的なインフラ提供
  • Sidewalk Labs は初期の業務デザインとRFPプロセスの運用にかかる費用の支払いを受ける。これらの費用は対象となる業務毎に支払われる。
7. 技術開発
  • プロトタイプ、実験、展開に関わる権利関係。“Waterfront Toronto”内の個々の組織体や関連する組織体との交渉による。
  • 実証実験時に創造された知的財産を、公共事業体と分配する。
8. ビジネス開発投資
  • Category 1 の投資:
    Google本社のUrban Innovation組織、人材育成組織への投資
  • Category 2 の投資
    トロントのベンチャーファンド“Tall Timber Factory”への投資
9. バリューの分配
  • 将来IDEA地区内の公有地をRFPプロセスを通じて第三者に販売した際に、土地価値の増額分がある場合は公共事業体とSidewalk Labs とで分配する。

また、プロジェクト遂行中より以下のような問題や懸念も発生していた。

  • トロント市の再開発当局は、アルファベットがどのようにデータを集めて保護するのか、誰がそのデータを保有するのかを懸念。Sidewalk Labsによるデータ収集や地区の管理についての提案の一部が「合法であるかどうか」すら怪しいのではないかと思っていた。
  • 都市とその住民は、自分たちのデータがシリコンバレーの企業にどう扱われるのかについて、次第に不信感を抱くようになっていた。
  • Sidewalk Labsは再開発地区への公共交通機関の乗り入れを実現するために、州政府に数百万ドルの投入を求める提案を出していたが、地元オンタリオ州の首相は、納税者がプロジェクトの予算に見合った恩恵を受けられるのか疑問に感じていた。

データの管理については、奇しくも20209月にプライバシー関連法(Privacy Act)がカナダで成立した。一連の法令に含まれている「個人情報保護および電子文書法(Personal Information Protection and Electronic Documents Act: PIPEDA)」[21]では、「個人情報を収集または使用するためには組織は個人の許可を得る必要がある」「個人は、個人情報にアクセスする権利および個人情報の正確さに異議を唱える権利の両方を持っている」としていることから、個人のスマートフォンなどからGoogle内での閲覧履歴によりターゲティング広告サービスを提供してきた同社が、スマートシティ内にてスマートフォンのGPS情報などから個人の行動履歴も収集することで新たな情報サービスを企図していたものの、実現上のハードルを認識したことも撤退の一因と推察される。

(4)ラバサ市 “Dasve”[22]

インド第2の都市ムンバイ(Mumbai)から南東に100㎞程離れたラバサ(Lavasa)では、2004年に民間企業であるHindustan Construction(不動産ディベロッパー)、Cisco Systems(通信)、AVASA(ホテル)が主導して、新たな都市開発(スマートシティ)のプロジェクトが組成された。以降、IT大手のMicrosoftCiscoTATAやホテル大手のHiltonNovotelMercureなどが参加に名乗り出る一大プロジェクトとなった。その概要と狙い、結果は以下の通りである。

■図7 Lavasa“Dasve”におけるスマートシティの概要と狙い、成果

事業名
(エリア)
事業規模 当初の狙い 成果

スマートシティ(インド・ラバサ)“Dasve”

  • 面積
    50.58㎢
  • 2021年までに18.58㎢の土地を販売予定(3分の2は住宅向け、残りは事業者向け)
  • 不動産ビジネスとしての収益化
  • 通信ビジネスとしての収益化
  • ホテルビジネスとしての収益化

中心部にレストラン、コンベンションセンターが出来ているが、他は建設予定

図7 Lavasa“Dasve”におけるスマートシティの概要と狙い、成果[23]

開発は遅々としている。事業開始から12年後の2016年までに1,500のアパートメントと600のヴィラ、ホテル、レストラン、コンベンションセンターなどが建設されたが、居住者は予定よりもはるかに少ない状況であり、その実態は計画とは程遠い。

スマートシティの実現手段は「ICTの活用」であり、大容量の光ネットワークはゼロから構築し完了されている。また、スマートパーキング、市民アプリ、観光アプリなど、「居住者が使用する」モバイルアプリの構築も完了している。一方で、肝心の居住者を受け入れるためのアパートやヴィラはほとんど売れていない。その背景には、居住を支える社会インフラが脆弱であることが挙げられる。病院は建設され現在稼働中と思われるものの、学校については通学者もほとんどいなかったため、事業開始後に建設された小学校が閉鎖されている[24]

インドでは20146月、地方から都市部への人口流入を吸収し、拡大する中間層の受け皿となるスマートシティを国内100所に設ける「スマートシティ・ミッション」計画を発表した。政府は翌年、4,800億ルピー(約7,700億円)の予算を確保しており、都市開発省の傘下に、スマートシティ・ミッションをプロジェクト実施機関として立ち上げたが、本事業は国家構想が出来上がる前に、別の企業プロジェクトとして開始された。このため、社会インフラの整備を前提として街づくりが出来てないことが苦戦の原因と思われる[25]

(5)カタール “Energy City Qatar (ECQ)”[26]

カタールは石油・ガスの産油国として知られ、国民一人当たり所得額は約12万ドル(約1,250万円 )と、日本の国民一人当たり所得額(4.4万ドル)を大きく上回る世界一の富裕国である。Energy City Qatar はカタールの首都ドーハ(Doha)の中心部から北に20kmほどの場所に立地し、2006年に2.6億ドル(約300億円)のプロジェクト予算をもとに事業が開始された。第1フェーズでは、企業向けのオフィス施設とビジネスに必要なインフラの建設、第2フェーズでは第1フェーズで建設された施設を運用するための従事者のための居住施設の建設とされている。

その概要と狙い、結果は以下の通りである。

図8 Energy City Qatar (ECQ)におけるスマートシティの概要と狙い、成果

事業名
(エリア)
事業規模 当初の狙い 成果

カタール・Energy City Qatar (ECQ)

  • 面積35
  • 2人が勤務するオフィス街と、1人が居住する街の実現

  • 最終的には中東のビジネスセンターを目指す

プリセールス、事業開始後ともに区画の販売は順調

図 8 Energy City Qatar (ECQ)におけるスマートシティの概要と狙い、成果[27]

スマートシティの実現手段は「ICTの活用」、それにより実現される姿が「環境に配慮」した都市ということ自体は一般的なものであるが、事業は順調であるように見える。2006年までに35億リヤル(約980億円)を超えるプリセールスを計上しており、翌2007年には国立石油サービス(NPS)が新しい地域本部を建設するために6,500万リヤル(約187億円)で区画を購入するなどした。さらに、2019年にはThe Doha Metroが同地域まで開通し、首都中心部へのアクセスも整っている。

. 既存のスマートシティ事業から得られる教訓

SDGsが日本国内で説明される際に『売り手によし、買い手によし、世間によし』という近江商人の経営哲学「三方よし」が引き合いに出されることがある[28]。この哲学はまさにスマートシティでも当てはまることであり、つまり売り手である「自治体、開発事業者」、買い手である「地元企業、市民」、それと世間である「社会問題の解決、課題の推進」の3つを満たした事業が、「環境配慮型都市を構築し、持続的成長を実現する概念」であるスマートシティの成功要件であると考える。以下に、今まで紹介したスマートシティ事業例から得られている教訓を整理する。

(1)利用者(ユーザ企業、市民)にとってのベネフィットが明確であるか

北九州市のスマートコミュニティ創造事業においては、ICTの活用という時代の潮流に乗りながら、同市を成長させた立役者である製鉄所から算出される大量の水素を活用し町全体の復興に活かそうという開発者の思いが強く、地元企業や市民のベネフィットが十分に重視されてこなかったように思われる。地元企業のうち、スマートシティ事業の開発側からビジネスを受託して恩恵にあずかれる企業はほんの一部に過ぎず、その他大多数の地元企業のコスト削減や、売上の向上、ひいては利益の増大に関しての明るい将来像を開発者は提案出来ておらず、実際に事業地域内の地元企業も、スマートシティが何らかの役に立つという実感を持つことが出来なかった。また、市民についても同様のことが言える。

一方で、コペンハーゲン市の“Copenhagen Connecting”において前面に表れているのは「人々の暮らしやすさ向上」や「環境への配慮」であり、開発者である自治体や、開発者の主要な支援パートナーであるICT企業のエゴ(利己主義)のようなものは目立っていない。市民の暮らしやすさ向上と環境への配慮を両立する方策として、「自転車の利用」にスポットをあて、専用道路や駐輪場などのインフラを整備するとともに自転車が信号で止まらないための交通ルールなど、法規制の変更にまで踏み込んだ。その結果、通勤などの移動時間が短縮し、市民の自転車利用率が上昇、さらに自動車などの排気ガスの排出量の減少により環境負荷が減少、さらに空気のおいしい市内での自転車利用率の向上、SDGsを重視する企業や市民と流入という好循環サイクルが成立しているように思われる。

(2)開発事業者の収益モデルが明確であり、行政が政策面で事業者をサポートしているか

アルファベットの“IDEA”においては、同社は9つの収益モデルを明確化し事業化を目指した。そして、COVID-19により事業環境が大きく変動したためいくつかの収益モデルの実現が困難になったとの判断のもとで、事業の中止を発表した。スマートシティをビジネスと捉えるアルファベットのこの判断は適切である。一方で、“IDEA”が立地を予定していたトロント市は開発事業者であるアルファベットの事業や収益モデルを支えるためのサポートをしていた形跡があまり見られず、この点がアルファベットの撤退につながった可能性がある。トロント市の就業者人口は約157万人[29]であり、“IDEA”による雇用創出効果は1万人程度(全体の約0.6%)であるので市全体への好影響は限定的かもしれないが、開発者の一翼を担う自治体が政策により開発パートナーである民間企業を支える意思を示さなければ、民間企業が事業の将来にさえも不安を覚えるのは想像に難くない。

ラバサ市の“Dasve”においても同様である。開発事業者は、立地する同市が都市部への交通アクセスが必ずしも良好ではないことを認識しつつも、行政が学校や病院などの社会インフラを整備さえしてくれれば、居住者を呼び込むことは可能であるとの算段であった。ところが、行政側が長期的な見地で我慢をすることが出来ず、学校を休校にしてしまったことで、事業の将来は悲観的な方向に向かうこととなった。

(3)社会問題の解決、課題の推進に向き合っているか

アルファベットの“IDEA”が事業を中止した大きな理由の一つには、スマートシティの運営を通じて事業者がデータをどのように扱うのか、市民が不安を覚えてしまったことがある。この点についても、前述と同様であるが、事業パートナーであるトロント市側も市民と同様の発言を行うなど、事業者をサポートするどころか逆に事業者の足を引っ張ってしまった感がある。事業者側にとって多くの場合、スマートシティ事業は「新規事業の一環」という位置づけであって、新規事業から発生する悪い評判が本業に波及するリスクが存在することが明らかになれば、そのリスクの大きさを考慮して事業を中止させてしまうことは当然の帰結であるとも言える。自治体や開発事業者が、スマートシティの最終的なゴールである「社会問題の解決、課題の推進」について完全に合意したうえで事業を開始することが重要であり、その推進過程で生まれる様々な障害については自治体、開発事業者が共に解決を図る姿勢が重要と考える。

なお、国土交通省が2019年に発行した「スマートシティの実現に向けて【中間とりまとめ】」では、情報通信企業、ディベロッパー・鉄道事業者等、20 社を超える企業にヒアリングを実施することで自治体における課題を以下の通り整理している。参考にされたい。

表 2 社会実装にあたっての課題や行政に期待される役割[30]
項目 内容
ビジョンの明確化
  • 海外では主に市役所がスマートシティの実現に向けて主導しており、日本でも市町村の役割が重要であり、市町村がしっかりとしたビジョン、計画を持つことが必要
  • スマートシティの取組みについて、コストに見合うメリット・価値をどう理解してもらうかが課題
推進体制
  • 分野横断的な取組みとするためには、各部署間の調整が必要となるため難しく、首長のリーダーシップや推進体制(部署、職員)が必要
  • 各都市において、国、自治体、民間企業、商店街組合等の関係者が入った会議体・協議会があれば、様々な調整がしやすい
  • 国が音頭をとって協議・調整する場を設けてもらうと事業も進みやすい
  • タウンマネジメントやエリアマネジメントと連携した取組みが重要
  • エリアマネジメントの有効性をどう検証していくかという観点や、マネジメントの財政的な課題・人材面の不足等、地方都市での対策案は自治体からの支援などの強化が必要
データの管理運用
  • センサー等の管理やデータプラットフォームの運営等のシステムを維持するために必要な運用コストを誰がどう負担するかが課題
  • 自治体だけではなく、データを活用する事業者からの使用料など収益確保の仕組みが必要
  • 公共空間におけるスマートシティサービスは、料金徴収が難しいため、公的な財源が活用できないか
データ利活用
  • 事業者ごとに持っているデータを共有、オープン化することが必要
  • データのオープン化は民間だけでは難しく、行政がイニシアティブをとることが必要
  • 行政主導だと、民間事業もデータを提供しやすい
  • データのオープン化の目的やメリットを明確化すべき
  • データのオープン化にあたって、プライバシーなどのデータハンドリングの課題がある
  • データ利活用にあたってのルールづくりや一般への理解促進が重要
  • データのオープン化により、市民、行政、企業等のイノベーションを生み出す流れを作り、都市の継続的発展に繫げていく必要がある
個人情報関係
  • 日本は海外に比べると個人情報にセンシティブ
  • AI 活用のためには、学習データが必要だが、個人情報を含んでいる場合、利用承諾が必要
  • カメラ画像の利活用を進めるために個人情報保護法に基づく取扱いや技術的なガイドラインの整備が必要
情報基盤の整備
  • まちづくりや建物整備の計画構想や設計段階から、スマートシティを念頭に置いた計画策定やスマートシティ化に必要なICT 機器の組み込みを考慮すべ
  • ICT 基盤整備も公共事業ととらえて、必要な整備費を国が支援すべき(社総交のスマートシティ分野への重点配分、優先箇所付け)
  • 新技術の導入にあたっては、採算がとれない場合が多く、財政面での公的な支援が必要

4. スマートシティ事業におけるリスクマネジメント

以上を踏まえ、スマートシティ事業を成功させるためのリスクマネジメントについて、事業フェーズ毎(第一段階:プロジェクト計画づくり 第二段階:街づくり 第三段階:街の運用)にまとめた。今後、新規にスマートシティ事業を企画・推進される企業や自治体にとって参考となれば幸いである。

(1)第一段階:プロジェクト計画づくり

ここでは、自治体、企業それぞれが検討すべきビジョンや収益モデル、それを実現するための法制度やENTRY&EXIT)ルールの策定を行い、合同の会議体を組成する。合同の会議体においては、先に述べた「三方よし」が本スマートシティ事業で成立しうるのかを確認し、成立出来る場合は共同プロジェクトの組成に進む。「三方よし」の成立が困難である場合は、自治体、企業のそれぞれが一旦持ち帰り、法制度や収益モデルを変更することによってその成立を検討するが、成立しえない場合はここでプロジェクトを終了させることも一つの道である。先に進むことが出来た場合は、正式にプロジェクトを組成し、以降自治体は予算の確保を行い、企業は資金調達・投資費用の確保を進める。

リスクマネジメントの観点から考えると、以下が特にポイントであるとえる。

  • 自治体が検討する「ビジョン」はなるべく具体的であることが望ましい。「環境負荷の小さい」「市民に魅力ある」といった漠然としたビジョンではなく、「排出ごみの90%減」「10年後に人口5%増」などと具体的な数値目標に落とし込む。
  • 自治体が法制度を検討するにあたっては、積極的に政府を巻き込むことで法制度変更の実現性を高めておくこと。国の法律変更を伴わない制度変更であったとしても、関連法制度に関する情報を収集し、有識者と連携する、地元議員を検討プロジェクトに参画してもらうなどして、政府と足並みを揃えて推進したい。
  • 企業が収益モデルを策定するにあたっては、前提となる数値を保守的に見積もることが望ましい。スマートシティ事業に限った話ではないが、事業企画者は是が非でも企画を通し事業を先に進めたいがために、楽観的な前提を作ることがままある(例えば、現在の金利がゼロ金利であるのに、1%などと設定することや、現在の出生率が36程度であるのに、フランス並みの1.9と設定してスマートシティにおけるテナント収入や人口増を設定すること)。

■図9 第一段階(プロジェクト計画づくり)のプロセス(筆者作成)

図 9 第一段階(プロジェクト計画づくり)のプロセス(筆者作成)
出所:筆者作成

(2)第二段階:街づくり

ここは、スマートシティ実現のための各種の設計・建設活動を実施する。スマートシティにおける主役である市民、企業のためのサービスを設計し、あらためてそれが「三方よし」であることを確認した上で、具体的なインフラ、住居の設計・建築に入る。

リスクマネジメントの観点から考えると、以下が特にポイントであるとえる。

  • 設計されるサービスは、市民、企業の其々が享受するベネフィットを試算した場合にお金が増える結果にならなければならない。例えば、HEMSというサービスを市民に使用してもらう場合には、排出されるCo2が減少するという目に見えない効果を訴求するだけでは十分はない。各家庭における使用電気量が10%削減されると、電気代の10%節約に加え、自治体が設定する環境税も10%下がるので実質的にHEMSの利用料が無料となりさらに税金の現金還付もなされる、といった具体的な恩恵があること等。
  • 社会インフラは、どんな事態になっても持続的に提供を続けることの出来るモデルとすること。例えば、生徒の減少によって学校の存続が危ぶまれることの無いよう、オンライン授業とスクーリングの併用[31]によっても学校を卒業できる仕組みとすることや、ITアプリケーションについては特定ベンダーが開発した固有性の高いアプリケーションではなく、特定ベンダーが特定アプリケーションの保守を打ち切ったとしても存続が可能な、汎用性の高いアプリケーションを採用とすること等。

図 10 第二段階(街づくり)のプロセス

図 10 第二段階(街づくり)のプロセス
出所:筆者作成

■図11 汎用性の高いアプリケーションの例:Amazon Web Services(AWS)

図11 汎用性の高いアプリケーションの例:Amazon Web Services(AWS)
世界で最も包括的で広く採用されているクラウドプラットフォームであり、世界中のデータセンターから175以上のITサービスが提供されている。米国では急成長しているスタートアップ、大企業、主要な政府機関が採用している。日本の自治体では埼玉県、浜松市が採用(図は自治体向けAWSサービスのイメージ)。
出所:AWSホームページ

(3)第三段階:街の運用

スマートシティ構築後は、当初目標が継続的に実現出来るようKPIKey Performance Indicators:重要業績評価指標)を設定し、毎年度振り返りを行ってさらなる制度、政策の立案・実行へとつなげていく「マネジメントサイクル」を循環させることが望ましい。設定すべきKPIについては、EU(欧州委員会)の調査機関である「Horizon 2020」の出資を受け2017年に編纂された資料「CITYkeys indicators for smart city projects and smart cities」において詳細な提案がなされており、そこから当該スマートシティ事業における目的・目標に合致したものを活用することで、有効かつ効率的にKPIの設定を行うことが可能である。

図12 第三段階(街の運用)のプロセス

図12 第三段階(街の運用)のプロセス
出所:筆者作成

図13 CITYkeys indicators によるKPIのフレームワークとKPIの例

図13 CITYkeys indicators によるKPIのフレームワークとKPIの例[32]

[20201124発行]

参考情報

執筆コンサルタント

青島 健二
ビジネスリスク本部 ビジネスリスク第 3 ユニット 上級主席研究員

脚注

[1] Information and Communications Technology (情報通信技術)。PCだけでなくスマートフォンやスマートスピーカーなど、さまざまな形状のコンピュータを使った情報処理や通信技術の総称。
[2] 出所:デンマークのスマートシティ データを活用した人間中心の都市づくり』中島健祐著、学芸出版社
[3]

持続可能な開発目標(SDGs)とは,2001年に策定されたミレニアム開発目標(MDGs)の後継として,2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標です。17のゴール・169のターゲットから構成され,地球上の「誰一人取り残さない(leave no one behind)」ことを誓っています。(出所:外務省)

[4]

第4次産業革命とは、18世紀末以降の水力や蒸気機関による工場の機械化である第1次産業革命、20世紀初頭の分業に基づく電力を用いた大量生産である第2次産業革命、1970年代初頭からの電子工学や情報技術を用いた一層のオートメーション化である第3次産業革命に続く技術革新を指す。一つ目はIoT及びビッグデータ、二つ目はAI。(出所:内閣府)

[5]

さまざまなプラットフォームから膨大なパーソナルデータを収集していることで注目を集める、世界最大の企業群の頭文字を取った略称。Google、Apple、Facebook、Amazonの4社。

[6] Mobility as a service。さまざまな形態の輸送サービスを統合した、オンデマンドでアクセス可能な単一のモビリティサービス。ITS世界会議で結成された「MaaSアライアンス」という組織での「MaaSオペレーター」の定義は、利用者の要求を満たすべく、公共交通、ライドシェア、カーシェア、自動車シェア、タクシー、レンタカーなどさまざまな交通手段のメニューを用意すること」。
[7] 「次世代エネルギー・社会システム実証」北九州スマートコミュニティ創造事業(北九州市環境局環境未来都市推進室、平成27年2月4日)、北九州市ホームページをもとに作成
[8] スマートグリッド(次世代送電網)とは、電力の流れを供給側・需要側の両方から制御し、最適化できる送電網。専用の機器やソフトウェアが、送電網の一部に組み込まれている。
[9] 参考:「水素を使った革新的技術で鉄鋼業の低炭素化に挑戦」(資源エネルギー庁)
[10] 参考:「Green Economy Leader Report – Copenhagen」
[11] 参考:「Green wave for cyclists in Copenhagen」
[12] 妊娠が確認されると、妊婦は家庭医の定期検診を受けることになり、さらに出産後も生後5週間、5月、1、2、3、5歳の計7回、母子ともに健康診断サービスを無料で受けることができる。
[13] 出所:「cph-2025-climate-plan-2016」(コペンハーゲン市)
[14] 出所:デンマークのスマートシティ データを活用した人間中心の都市づくり』中島健祐著、学芸出版社
[15] 出所:「Green Economy Leader Report – Copenhagen
[16] 出所:「Green Economy Leader ReportCopenhagen
[17] 参考:connectedworld.comSpecialty Publishing Media、Googleのスマートシティ開発~狙いとビジネスモデル~(KDDI 総合研究所R&A2019 年 7 月号)
[18] Sidewalk Labs Vision Sections of RFP Submission(2017/10/27)
[19] 出所:WIRED ホームページ
[20] 出所:Project Update Sidewalk Labs proprietary. Subject to provision and review of business plan.February 14th, 2019
[21] 参考:Microsoftホームページ
[22] 参考:smartcitiescouncil「Lavasa-A-Smart-City」
[23] 出所:「Lavasa-A-Smart-CityMyCity Technologies Ltd.
[24] https://www.rediff.com/business/report/pix-special-indias-first-smart-city-lavasa-failed-to-take-off/20160621.htm
[25]

「特集:動き出したアジアのスマートシティ構想」(JETRO) 

https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/special/2019/0801/10f5048a14b14184.html
[26] http://www.energycity.com/offerings.html
[27] Sidewalk Labs Vision Sections of RFP Submission (2017/10/27)
[28] 伊藤忠商事ホームページ https://www.itochu.co.jp/ja/about/history/oumi.html
[29] トロント市ホームページ。2019年の就業者人口。
[30] 出所:「スマートシティの実現に向けて【中間とりまとめ】」(平成308月 国土交通省都市局)
[31] 具体的な実現事例として、「学校法人NHK学園」。「ベーシックコース」の場合、授業の受講状況の確認はレポートを通じて行われ、提出は解答用紙に記入し郵送する。スクーリングは東京の本校または各地の協力校にいて月12日程度。
[32] 出所:「CITYkeys indicators for smart city projects and smart cities」(Peter Bosch, Sophie Jongeneel, Vera Rovers (TNO), Hans-Martin Neumann (AIT), Miimu Airaksinen and Aapo Huovila (VTT).

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