中国・江蘇省塩城市の化学工場爆発について

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リスクマネジメント最前線

2019/4/25

目次

  1. 事故概要
  2. 事故の影響
  3. 進出企業のとるべき対応について
  4. おわりに

中国・江蘇省塩城市の化学工場爆発について- リスクマネジメント最前線PDF

執筆コンサルタント

向後 勝敏
企業財産本部企業財産リスクユニット エキスパートリスクエンジニア
専門分野:火災・爆発

 

本年3月21日に中国江蘇省塩城市の化学工場で爆発事故が発生した。爆発事故による直接的な人的及び物的被害もさることながら、今後は中国当局による規制強化も予想されている。

本稿では、事故概要ならびに現地に進出した日系企業への影響やとるべき対応について解説する。

1.事故概要

(1)事故概況(時系列)

爆発事故が発生したのは、中国江蘇省塩城市響水県生態化工園区内にある江蘇天嘉宜化工有限公司で、m-フェニレンジアミン、p-フェニレンジアミン系製品の高分子化学品を生産しており、製品は主に医薬、農薬、染料などを作る中間体として使われている。

表1 事故概況(時系列)
現地時間 概況

3月21日

14:48頃
爆発事故発生。
14:52 塩城市消防救援隊は火災通報を受け響水中隊、濱海中隊を現場に派遣し、消防車41台、消防隊員188名体制で救援活動にあたった。さらに江蘇省消防救援隊本部は、泰州、塩城、連雲港、淮安、宿遷、研修基地などからも救援を動員し、消防車62台、消防隊員247人が駆けつけた。

3月22日

未明
危機管理部党書記の黄明氏が爆発事故現場を視察。
7:00頃 江蘇省消防救援隊本部情報によれば、消防車184台、消防隊員892人に及ぶ徹夜の消火作業により火災はほぼ鎮火。

出典:各種報道機関の情報をもとに弊社で整理

塩城市響水県政府新聞事務室の記者会見にて、この爆発事故による死者数は合計で78人になったと発表された(3月25日16:00時点)。

中国国営テレビは、工場近くの住宅や小学校の窓ガラスが吹き飛ぶなどの被害が出て、小学校の児童らがけがをしたと報じている。

また、江蘇天嘉宜化工の総経理は事故で負傷し、治療を受けているが、他の関連責任者は公安機関に身柄を拘束された。

中国国務院は「江蘇天嘉宜化工有限公司“3/21”特別重大爆発事故調査チーム」を設置し、原因の究明にあたっている。

事故後の現地写真(AFP通信より提供)

事故後の現地写真(AFP通信より提供)

(2)事故原因

□推定される事故原因

現時点においては、以下のような原因が報道されているが、詳細は不明である。

  1. 漏洩した天然ガスへ引火し、ニトロベンゼン製造装置が爆発。天然ガスの漏洩が、配管や塔槽類の腐食開孔等の設備トラブルによるものか、操作ミスによるものかは不明である。
  2. 危険品廃棄物倉庫が爆発。本倉庫内には大量の使用済み易燃性綿と生産の際に発生した汚泥等が保管されており、通常これらの廃棄物は混合後焼却していたという。これらの廃棄物の混合混触の危険性や自己分解性などは不明である。
表 2 ニトロベンゼンの物性
 組成、成分情報  物理的・化学的性質  安定性及び反応性

ニトロベンゼンNitrobenzene
C6H5NO2
CAS番号:98-95-3

淡黄色の油状液体
特徴的な臭気
融点:6℃
沸点:211℃
引火点:88℃(密閉式)
爆発範囲:1.8~40vol%

  • 多くの有機物や無機物と爆発性の物質や混合物を生成する。
  • 強酸化剤、強還元剤と激しく反応し火災及び爆発の危険をもたらす。
  • 可燃性物質、還元性物質、強酸化剤、強酸との混触の危険性あり。多くのプラスチックを侵す。

□江蘇天嘉宜化有限公司について

天眼査(企業情報検索サイト)によると、江蘇天嘉宜化工有限公司は2007年に響水県市場監督管理局に正式企業として設立登録された。法人代表は陶在明氏、登録資本は9,000万元となっている。 江蘇天嘉宜化工は江陰市・倪家港化工有限公司の子会社であり、m-フェニレンジアミン、p-フェニレンジアミン系製品の高分子化学品を年間約2万トン製造している。製品は主に医薬、農薬、染料などを作る中間体として使われる。 2018年1月、国家安全監督総局は、江蘇省連雲港市の聚鑫生物公司「12・9」重大事故(2017年)の教訓を踏まえ、江蘇省塩城、連雲港、淮安、徐州、宿遷5市の危険化学品の安全生産業務を監督調査し、化学工業企業18社の現場検査を実施した。この中には江蘇天嘉宜化工も含まれている。当時の検査では、江蘇天嘉宜化工には計13件の安全上の問題があった。その中でも重要な問題が以下のように挙げられている。

  1. 主要責任者は安全に関する知識や管理能力の審査を受けたが、不合格であった。
  2. 製造装置の操作規定・マニュアルが整っておらず、ベンゼン貯蔵タンクエリアに要求される操作規定・マニュアルや技術的要素を満たしていなかった。
  3. 重大危険源に該当するベンゼン貯蔵タンク、メタノール貯蔵タンクに緊急遮断弁の設置がなかった。

これらの問題を抱えながらも、江蘇天嘉宜化工は生産を再開し、今回の爆発事故に至った。また、2016年以降、江蘇天嘉宜化工は環境保護条例違反のため、塩城環境保護局と響水県環境保護局から複数回にわたって処罰を受けた。さらに2017年9月30日には、大気汚染防止管理制度に違反したとして、響水県環境保護局から処分を受けていた。

2.事故の影響

(1)当局による監督の強化

事故の発生当時、イタリアを訪問中の習近平主席からは「最近、一部の地域で重大な事故が頻発している。各地、関連当局は教訓をしっかり学び取り、潜在リスクの洗い出しを強化し、安全生産責任制を確実に実施し、特大事故の発生を何としても防ぎ、国民の命と財産を守るように」との重要指示が出されている。今後当局による監査実施や、安全管理に関する通達が出されることが予想される。

(2)省内の化学工業企業の削減

江蘇省政府はこのほど、省内の化学工業企業を現在の1/4となる1,000社程度まで削減することなどを盛り込んだ政策意見をまとめた。化工園区外や長江流域、人口密集地域に立地する工場を閉鎖するほか、現在約50カ所ある化工園区自体についても30カ所の認定を取り消し、化学基地を制限することで安全管理水準の向上を図るとともに、新規の投資基準もさらに厳しくする方針である。

政策の実現性はともかく、新規の設備投資には相応の制限がかかることは確実と思われる。

3.進出企業のとるべき対応について

今回のような大規模な爆発事故が発生した場合、認定の取り消し・制限により、中国国内での事業そのものが継続できなくなるおそれがある。そのような事態を防止するため、中国進出の際の基本となった日本国内のマザー工場の知見が正しく理解され、運用されているかを再度確認する必要がある。

また複雑な現地規制・法規についても現状が準拠しているかの確認が必要である。中国国内の規制については頻繁に変更されるため、工場建設時に確認済みでも再度確認することが望ましい。

以下に確認すべき項目を列挙する。

□設備面

  1. 設備設計:工事や設計品質の問題はないか、実績のない変更はないか。
  2. 保全方針:マザー工場の知見を反映した適切な検査周期になっているか、設備材料の受入検査は適切か(不適切材料の混入はないか)。
  3. 設備改造:変更管理の手続きを経ずに、設備改造を実施していないか、また情報をマザー工場と共有しているか。

□運用面

  1. 現地規制・法規の確認:環境・安全面の現地規制・法規に現状が準拠しているか。必要であれば外部コンサルタントを起用することも考慮されたい。
  2. マニュアル:変更管理の手続きを経ずに、マニュアルを変更していないか、また情報をマザー工場と共有しているか。
  3. 原料:変更管理の手続きを経ずに、原料を変更していないか、また情報をマザー工場と共有しているか。
  4. オペレーター教育:オペレーターの力量を適切に維持できる教育体制か。
  5. 技術情報の共有:マザー工場との定期的な技術交流はあるか。
  6. 文書管理の強化:工場運用の適正管理及び当局の監査に備えて文書管理が適切に運用されているか。

□サプライヤー管理

中国国内企業が原料のサプライヤーである場合、今回のような事故が発生すると、長期の停止、もしくは廃業により原料の調達に支障をきたすおそれがある。日頃よりサプライヤーの管理、状況を把握しておくことが重要である。

  1. サプライヤーの監査:経営状況、品質管理状況、環境管理・処罰状況が適切か。
  2. 複数社購買の推進:一社購買によるリスクを回避する。

4.おわりに

本稿では、中国江蘇省塩城市の化学工場での爆発事故を受けて、現地に進出した日系企業への影響やとるべき対応について述べた。

本稿が、貴社におけるリスクマネジメントへの意識を高める一助となれば幸いである。

[2019年4月25日発行]

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