カンボジアの概況とビジネスリスク
- 海外展開
2016/2/22
目次
- カンボジアの概況
- ビジネスリスクと対策
カンボジアの概況とビジネスリスク- リスクマネジメント最前線PDF span>
執筆コンサルタント
青島 健二
タイ国東京海上火災保険株式会社(東京海上日動リスクコンサルティング株式会社より出向) 主席研究員
カンボジア(Kingdom of Cambodia)には日系のマスメディアが拠点を置いていないこともあり、隣国であるタイやベトナム、そして近年急速に注目を集めているミャンマー等と比べて日本における情報量が少ない。更に、1970年代にポル・ポト(Pol Pot)政権が行った恐怖政治が世界に与えた衝撃は余りに大きく、その残像が残るカンボジアに対して未だ危険な国というイメージをもつ人も多い。しかしながら、カンボジアの首都プノンペン(Phnom Penh)を概観する限り、その整然と区画された町並みやメコン川沿いに立ち並ぶ建物は同じフランスの植民地であったベトナムの首都ハノイを彷彿させ、その先入観は容易に払拭される。
タイを囲むミャンマー、ラオス、カンボジアは「タイプラスワン」とも呼ばれ、これら各国に拠点を分散し地域全体でサプライチェーンを最適化させるような取組みが一部の製造業で始まっている。その中でもカンボジアは、労働力、物流等、製造業にとって必須の経営資源が満遍なく調達でき、3カ国の中では最もバランスが取れている。また、海外送金や会社設立時の外国資本の出資規制も比較的緩いため(土地取得や不動産売買を目的とする事業を除いては外資100%での設立が可能)、「タイプラスワン」の現実的な選択肢として今後、日系企業の進出が更に加速していく可能性を有している。
本稿では、カンボジアの概況を説明したうえで、ビジネスリスクとその対策を整理する。
1.カンボジアの概況
(1)政治・経済
■ 政治体制 :立憲君主制
■ 国家元首:ノロドム・シハモニ(Norodom Sihamoni)国王
■ 首相:フン・セン(Hun Sen)
■ 議会:二院制([上院]定員61議席/任期6年、[下院(国民議会)]定員123議席/任期5年)
■ 一人当たり GDP:1,036USドル(2013年/国連統計)
■ 主要輸出品目:衣類が55%を占める
カンボジアは9世紀にジャワから王権を奪回して以降、13世紀までは現在のアンコール遺跡(Angkor)地方を拠点にインドシナ半島の大部分を支配し繁栄したものの、14世紀以降はタイやベトナムの侵攻を受け衰退の一途を辿った。1884年からフランスの保護領となったが70年後の1953年に独立を果たし、シハヌーク(Norodom Sihanouk)殿下の下で中立国家としての繁栄を目指したが、1970年に反中親米派のクーデターにより倒れ、王制を廃したクメール共和国が樹立された。しかし同年のうちに親中共産勢力のクメール・ルージュ(Khmer Rouge)との間で内戦が勃発、1975年にはクメール・ルージュが勝利し、ポル・ポトによる100万人とも言われる自国民虐殺、強制労働等の恐怖政治が1979年にベトナム軍が侵攻するまで行われた。1979年以降は親ベトナム政権として樹立されたヘン・サムリン(Heng Samrin)政権と反ベトナムの3派連合(ポル・ポト派、シハヌーク派、ソン・サン(Son Sann)派)による内戦[1] が1991年に パリで和平協定が締結されるまで続いた。1993年に国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)の監視下で総選挙が実施され、王党派のフンシンペック党( Front Uni National pour un Cambodge Indépendant, Neutre, Pacifique, et Coopératif: FUNCINPC)と人民党(Cambodian People's Party: CPP)による連立政権が樹立、制定された新憲法によりシハヌーク殿下を国王とする王制が復活した。1996年には首都プノンペンで連立政権の両党派による武力衝突が勃発し人民党が勝利、フン・セン氏が首相に就任し現在に至っている。
(2)人的資源
■ 人口(2013年):約1,514万人(世界銀行統計)
■ 人口増加率(2013年):1.8%
■ 15歳~24歳の識字率(2015 年):91.1%
■ 使用言語:クメール語 (カンボジア語)
■ 宗教:仏教(一部少数民族にイスラム教)
カンボジアの人口構成はポル・ポト政権時代に行われた虐殺や、恐怖政治による新生児急減の影響を受け、50~60代半ば(当時の20~30代)および30代後半の人口が他の年齢層に比べて少ない。一方、20代以下はベビーブーマー世代と言われており、20代までの人口は全人口の過半数(55.2%)を占めている。その結果、高齢層に対する社会保険コストが少なく、経済成長に欠かせない労働力が豊富に供給されており、カンボジアの将来にわたる経済成長を担保するものとなっている。
義務教育は現在は日本と同様、小学校6年間および中学校3年間の計9年間であり、首都プノンペン市内では殆どの市民が高等学校以上の教育を受けている。また、英語教育はブームのようになっており、インターナショナルスクールは市内に急増している。一方、農村部等の地方では農業の手伝い等が学業に優先される家庭も未だ多く存在している。農村によっては、住民のうち1割程度の者しかクメール語を読むことが出来ない地域も存在する。一方、既に進出している日系製造業の中には、クメール語が読めない従業員を採用後、社内で寺子屋のような教室を開講し語学教育を施している企業も存在する。
日本語教育については、プノンペンでは国立プノンペン大学の日本語学科に約400名の学生が在籍しており、卒業生は日本語検定で準2級程度の語学力を有するようになる。また、国際交流基金が2012~2013年に実施した調査によると、カンボジア国内には民間の語学学校を含めると25の日本語教育機関が存在し、約 4,000名のカンボジア人が日本語を学習しているとのことである。さらに年間800名程度の者が日本に留学していること等から、日系企業が日本語-クメール語通訳を雇用することは比較的容易であるものと思われる。
図1 カンボジアの人口ピラミッド
出典:US Census Bureau
(3)社会インフラ
a. 道路
カンボジアはタイとベトナム、ラオスに接しているが、近年タイとベトナムを中継する南部経済回廊が整備されることにより、両国との交易を一層拡大させることになると期待されている。南部経済回廊は、タイ国境(ポイペト:Poipet)とプノンペンを結ぶ国道5号線、プノンペンからベトナム国境(バベット:Bavet)までを結ぶ国道1号線により構成されているが、片側1車線の区域が多く存在する、または雨季にたびたび冠水被害が発生する地域が存在する等、円滑な物流を阻害している面もあることから、現在、日本政府からの有償または無償の資金援助等により道路拡張工事、再舗装工事が着工されているところである。2014年にはメコン川を架ける「つばさ橋」が国道1号線の一部として完成し、従来のフェリーによる往来を不要にした。
また、その他の一桁国道(国道2~4号線、6~8号線)についても全体的に整備が進められており、特にプノンペンと国際港であるシハヌークビル港(Sihanoukville Port)を繋ぐ国道4号線についてはタイ、ベトナム以外の国との貿易を促進させるインフラとして、片側1車線を2車線に拡幅させる工事が着工されている。2015年現在、一桁国道の舗装率はほぼ100%に達しているが、日本と同様のアスファルト・コンクリート舗装が33.8%、日本では修繕や仮設的な舗装として用いられ耐久性や堅牢性に劣る DBST 舗装(Double Bituminous Surface Treatment)が65.2%を占めている。一方、その他の国道の舗装率は30.2%、州道路に至っては1.7%という状況である。
図2 カンボジア地図
出典:ONLINE MAPSをもとに弊社作成
一方、都市部の道路についてであるが、プノンペン市内では信号が十分に普及していないこと、また近年自動車の普及が急速に進んでいること(2014年の新車販売台数:4,100台)により、朝晩の通勤時間帯には交通渋滞が発生している。
いずれも弊社撮影
b. 鉄道
カンボジアの鉄道は1970年からの内戦により線路や関連施設が失われ、その後、アジア開発銀行(ADB)やオーストラリア国際開発庁により復興が進められている。「南線」と呼ばれるプノンペン-シハヌークビル(Sihanoukville)間の路線については2013年に開通し、シハヌークビル港で揚げられた大量の貨物やセメント等をプノンペンへ輸送する、または国内で収穫されたコメを海上から輸出するための輸送手段として機能し始めている。一方、「北線」と呼ばれるプノンペン-タイ国境(ポイペト)間については、現在、シソポン(Sisophon)-ポイペト間 の48kmは線路が消失したままの状況であり、復興途上にある。
c. 港湾
シハヌークビル港は水深9~10.5mの深海港であり本格的な国際港としての機能が期待されている。2013年の貨物取扱量は、前年の266万tから17%増加して312万t(内、コンテナ数は前年より11%増加して28.3TEU (twenty-foot equivalent units))に達している。輸入についてはタイのレムチャバン港(Laem Chabang Port)からの自動車、石油製品等が増えているとのことである。
またメコン川を利用した内陸水運も商業利用が増えている。2013年1月にプノンペンから国道1号線沿いに東に約30kmの場所にプノンペン新港が開港している。同港の水深は約4.2~5.2m。メコン川を経てベトナムのホーチミン(Ho Chi Minh)近郊のカイメップ・チーバイ港(Cai Mep-Thi Vai Port)で大型コンテナ船に積み替え、日本や北米に運搬するルートとして期待されている。2013年の取り扱いコンテナ数は前年より16%増加して10.4万 TEU。取り扱いコンテナ数の伸び率で比較すれば、プノンペン新港はシハヌークビル港のそれを上回っている。
いずれも弊社撮影
d. 電力
カンボジアは2013年時点で電力総使用量の56.3%をタイやベトナム等、国外からの輸入に依存しており、その影響は電力コストと供給の不安定性という形で現れている。1kWあたりの電力料金はタイがUSドルベースで約12セントであるのに対し、カンボジアでは約20セントと割高であり、電力を大量に使用する製造業が進出するうえでの足かせとなっている。また4~5月の酷暑時期はプノンペン市内でも週に1~2回の停電が発生しており、自家発電機の導入は安定して生活するうえで必須となっている。
同国にとって電力問題の解決は最重要課題の1つであるが、政府は2020年までに18の水力・火力発電所建設、17の送電線拡張プロジェクトを計画・推進している。現在までプロジェクトは概ね順調に進捗しており、割安かつ安定的な電力供給体制に対する将来的な見通しは悪くない。
e. 医療
カンボジアの医療水準は低く,近代的な医療施設や機器もまだ十分には整っていない。精密検査・手術を担当できる専門医は殆どおらず、術後の衛生管理水準も低い。そのため重篤な病気にかかった場合、外国人は隣国タイやシンガポールの病院で治療を受けることが一般的である。しかしながら、プノンペン市内には日本人医師が勤務する病院が2施設(Ken Clinic、Sun International Clinic)存在し、英語の通じる病院も6施設存在する。軽症の疾患には対処可能な体制が整っている。なお、現在、カンボジア国内で売られている薬は、有効成分の含まれていない偽薬が多いと言われているので、治療を受ける場合は薬の入手経路がしっかりした医療機関を選択する必要がある。
f. 金融
プノンペン市内ではUSドルが流通しスーパー等でも問題なく使用でき、現地通貨であるリエル (KHR)を保持する必要は必ずしもない。金融はオンライン化されており、海外への送金等もオンラインで行えるほか、市中には数多くのATMが存在し、国際クレジットカードやキャッシングではUSドルまたはリエルのいずれかを引き出すことが出来る。VISAやMASTER等の国際クレジットカードについては、外国人が利用するようなホテルやレストランでは利用することが可能である。
また、海外送金については外国為替管理法によって「1万USドル以上の送金については都度、カンボジア国立銀行への届け出が必要であるが、公認銀行を通じた外国為替取引には一切の制限を加えない」と規定されており、基本的に制限がないという状況である。
g. 通信
カンボジアでは固定電話が普及する前に携帯電話が爆発的に普及している。固定電話は2012年をピークに減少に転じ、2014年時点の加入件数は36.1万件に留まっているが、携帯電話は1993年時点で加入件数が固定電話を上回り、2014年時点でSIMカードの発行枚数は2,045万件(人口比130%)に達した。また、2014年1月より4GLTEのサービスが開始される等、最先端の技術が導入されており、携帯電話の使用環境は先進国並みであると言える。一方、カンボジア国家警察および郵便電気通信省は2015年9月、携帯電話番号の身分登録における取り締まりを強化することを発表した。同国では、2012年にSIMカードを販売する際の身分登録が法律で義務づけられたが、猶予期間の設定等がなかったことから、現在国内で使用されている携帯電話の約7割は身分登録が行われていない。このため、テロ・麻薬密売・人身売買・誘拐等の犯罪に使用される携帯電話の大半は、身分登録がない、もしくは偽造の身分証で登録されており、当該犯罪を防止する目的で取り締まりを強化したとされる。
(4)工業団地
a. 概況
カンボジア国内には2015年現在、34カ所の認可された SEZ(Special Economic Zone:経済特区)が存在し、実際に工業団地として8カ所(プノンペン:1、シハヌークビル:2、タイとの国境付近(ポイペト近郊):1、ベトナムとの国境付近(バベット近郊):3、南西部のココン(Khtt Kah Kng)州内:1)が稼動している。うち日本企業が運営に関与している2つのSEZ(プノンペンSEZとシハヌークビルSEZ)について紹介する。
b. プノンペン SEZ
プノンペンSEZはプノンペン市内中心部から約18km、プノンペン国際空港から約10kmほど離れた 郊外に位置しており、また国道4号線沿いにある等、立地条件は良い。カンボジア華僑が78%、株式会社ゼファー(本社:東京都千代田区)が22%を出資している。2008年より供用を開始したが、2011年に日系の大手精密機器メーカーが進出後、日本や他アジア諸国からの進出が活発となっている。現在までに60社(うち日系企業33社)が入居し稼働中、14社(うち日系企業7社)が契約を終えている。
発電施設(電力公社からの給電が停止した場合のバックアップとして)、浄水施設、下水処理施設、通信施設は供用開始直後からSEZより提供・管理されており、安定的な運営がなされているようである。また、24時間の警備体制や、消防車の保持、年に1回の消防訓練の実施等、防犯・防災体制も整っている。
いずれも弊社撮影
c. シハヌークビル港 SEZ
シハヌークビル港 SEZ はプノンペン市内から200km近く離れたシハヌークビル港の後背地に位置しており、2012年5月に供用を開始している。運営主体はシハヌークビル港湾公社であるが、日本の円借款で建設され、日本人が常駐していることが特徴である。日系企業では大手製紙メーカー等2社が進出している。
敷地内には、上下水道設備を完備しているほか、レンタル工場や外国人向けアパート、社員寮も完備しており、プノンペンSEZ同様に日系企業が検討しやすい工業団地であると言える。但し、借地料が1㎡あたり65USドルと、シハヌークビル港からおよそ12kmに位置するシハヌークビルSEZ(1㎡あたり27USドル)と比べると2倍以上であることから、コストの高さが進出企業にとっての大きなネックとなっている。
(5)生活
カンボジアはフランスの支配下に置かれていた時期があったことや、1996年以降に国連職員や人権問題等に取り組む数多くのNGO(日本のNGOだけでも470程度が存在)が進出してきたこともあり、プノンペン市内では多くの外国人を見かける。そのため、欧米系のホテルやレストランも多く、近年はコンビニエンスストア、日本料理店も増加傾向にある。日本人が生活する環境は徐々に良化している。特に、2014年6月に開業した「イオンモール プノンペン店」はスーパー「イオン プノンペン店」ほか約190店舗の専門店、シネマコンプレックス等を有し、プノンペンにおける日本人の生活を飛躍的に向上させている。
いずれも弊社撮影
(6)日本との関係
カンボジア日本商工会は2012年3月に正会員と準会員・特別会員を併せて102社の会員数であったが、2015年12月現在203社・6団体に倍増している。背景には2011年に発生したタイにおける大洪水や2013年の最低賃金の上昇(全国一律300バーツ/日)、更には中国で発生した大規模な反日暴動の発生や人件費の上昇等により日系企業に拠点分散・更なる新興国開拓の動きがあるものと思われる。
また日本の開発援助が至る場所で実施されているが、例えばプノンペン市内における道路舗装工事では「日本の資金援助により実施している工事」であることを工事場所に国旗とともに掲示している。そうした取組みもあり、一般市民の日本に対する印象も比較的良いものと思われる。
2.ビジネスリスクと対策
1.で述べたカンボジアの概況等を踏まえ、今後、進出を検討する企業が注意すべきビジネスリスクと対策について、以下のとおり整理する。
(1)自然災害
- 2011年に発生した洪水では、250人近くが死亡、国土の50分の1にあたる4,000㎢が水没する事態に陥った。また2013年にも9月中旬から洪水が続き、168人が死亡、3,000㎢の水田が浸水したほか、総延長約3,500kmにわたって道路が浸水する被害も発生している。更にプノンペン市内ではひとたび断続的な降雨が発生すると各所で数十cmの冠水被害が発生する。土嚢の備蓄や排水溝の定期的な清掃、緊急連絡網の整備等、企業は日頃から洪水対策を進めておく必要がある。
図3 2000年および2011年に発生した洪水の浸水図
(ピンク色:2000年に浸水したエリア 赤色:2011年に浸水したエリア)
出典:Mekong River Commission「Annual Mekong Flood Report 2011」データをもとに弊社作成
(2)採用・労務管理
- カンボジアでは企業に子どもを勤務させることに不安を覚える親が多いと言われており、採用時には親にも会社を見学してもらう等、安心させるための施策が必要である。
- カンボジア人は総じて穏やかな性格であるものの、給料の一部を親に仕送りしているため十分に食事を取っておらず、体力の問題から会社を退職する者も少なくないという。また、多くは会社勤めに慣れておらず、田植え・収穫の時期には家を手伝うと言って帰ったきり戻ってこない従業員も多い。勤続1年以内の離職率は10%以上と言われており、労務管理には精神的なケアに加え、定期昇給の実施を含む報酬面の改善も求められる。
- 労働争議は現在、小康状態にあるものの、2013年は最低賃金を巡る問題を契機として数回発生した。同年2月の工業団地におけるストライキでは、台湾系の企業が食事を提供しなかったことで社員の不満が高まり、外部からの扇動者が社員による暴動を誘発している。暴動は近隣にも拡大し、日系企業にも投石被害が発生した。カンボジアでは近年になって携帯電話が普及しているが、他企業での労働争議が携帯メール等により自社の社員に伝わり飛び火する可能性があるので、社会の動向や工業団地内で発生している事態、社員の日頃の言動等には十分留意する必要がある。
図4 2013年以降に発生した労働争議
発生時期 | 概要 |
2013年2月 | 製靴工場で最低賃金の引き上げや労働環境の改善を求めるストライキが発生。国道3号線が約1時間封鎖。 |
2013年2月 | ベトナム国境付近の工業団地で、2万人規模のストライキが発生。 |
2013年5月 | 米国系スポーツ用品メーカーの製造委託先で 3,000人規模のストライキが発生し、23人が負傷、300人が解雇。 |
2013年11月 | プノンペン市内で賃金引き上げ等を求め抗議デモをしていた縫製工場の労働者と警官隊が衝突し、双方20人以上が負傷、巻き添えで1人が死亡。 |
2014年1月 | プノンペン国際空港周辺の工業団地周辺で過激化した労働者が投石や工場施設の破壊、放火行為を行った。これに対して治安部隊が発砲し、数人の死者と多数の負傷者が出た。 |
出典:各種報道をもとに弊社作成
(3)業務遂行
- 信用調査会社や報道機関等、民間の情報サービス提供企業は殆ど存在しない。一方、JICA(一般に利用できるライブラリーが事務所内にあり)やJETRO事務所、邦銀等が様々な情報の蓄積に努めているので、進出企業はそれら組織との繋がりを大切にする必要がある。
- 法制度については2009年に刑法、2011年に民法が施行され、投資関連法の整備も進んではいるが実際の運用については不透明な場合が多い。許認可等の手続きを進めるにあたっては、先述の日系機関や当地の行政当局と十分に相談しつつ進めることが肝要である。
- 国際NGOのトランスパレンシー・インターナショナルが発表した2014年の世界腐敗ランキングではカンボジアは177カ国中 156 位と、タイ(85位)やベトナム(119位)よりも公務員の腐敗・汚職が蔓延している国として認識されている。その対策として政府は、2014年にカンボジア反汚職防止法を成立させ、公務員等の収賄行為はファシリテーション・ペイメント( Small Facilitation Payments: SFP)であっても汚職罪になることを明確に規定した。政府機関としての「反汚職防止ユニット」(Anti-Corruption Unit: ACU)がその運用にあたっており、今後、企業はますますコンプライアンスの遵守に努めなくてはならない状況にあると言える。
(4)駐在員自身のリスク
a. 治安・一般犯罪
2014年中の犯罪発生総件数は2,814件と前年と比べてほぼ横ばい(4%増)であるが、窃盗事件は15%増加しており、治安は悪化していると言える。また、強盗犯罪はプノンペン市内でも発生しており、同市では特に治安に留意する必要がある。以下はその詳細である。
図5 2014年の犯罪発生状況
犯罪種別 | 件数 | 内訳 | 件数 |
Ⅰ 重要犯罪 | 716 | 1 強盗 | 251 |
2 殺人 | 213 | ||
3 強姦のみ | 226 | ||
4 強姦殺人 | 6 | ||
5 監禁(身代金目的) | 6 | ||
6 監禁(その他) | 1 | ||
7 手榴弾攻撃 | 9 | ||
8 硫酸攻撃 | 2 | ||
9 通貨偽造 | 2 | ||
Ⅱ その他の犯罪 | 2,098 | 1 過失(傷害)致死 | 13 |
2 窃盗 | 1,128 | ||
3 詐欺・背任 | 100 | ||
4 傷害 | 791 | ||
5 わいせつ | 48 | ||
6 違法武器使用 | 18 |
出典:在カンボジア日本国大使館資料をもとに弊社作成
近年、邦人が事件に巻き込まれる事態が頻発していることから、カンボジアの治安は必ずしも良くないことを念頭に、以下の事項に留意する必要がある。
・夜間の外出はしない
電力供給量が少ない事もあり、市内でもまだ街灯も少なく、また一部の店を除きほとんどは21~22時には閉店する。深夜帯は車通りもほとんどなくなるため、危険である。
・外出時には身の回りの物は最低限とし、高価な物を持ち歩かない
バッグは肩に掛けているとひったくり被害に遭いやすい。また、たすき掛けしていると強奪された際に引きずられ、負傷する可能性がある。
スマートフォン自体を狙った強盗もいるので、街中で操作しながら歩かない。
図6 2013年以降に邦人が巻き込まれた事件
発生時期 | 概要 |
2013年3月 | 深夜、日本人男性が銃を持った2人組に襲われ、死亡。男性はカンボジア人女性と市内でカジノを利用後、一緒にトゥクトゥクで宿泊先に着いたところ、バイクに乗った2人組の男から金を要求され、拒否するといきなり銃で腹部や脚等、4発撃たれた。 |
2013年9月 | 中心部で観光客の日本人女性が強盗に遭い、銃で脚を撃たれ負傷。ナイトマーケットの観光を終えたところで、バイクに乗った2人組にかばんを奪われ、取り返そうと抵抗した際に左太ももを撃たれた。 |
出典:各種報道をもとに弊社作成
b. 感染症
カンボジアでは以下の感染症に留意する必要がある。
・マラリア
タイやベトナムとの国境地帯では数多くの感染症例がみられるため注意が必要である。マラリア流行地では夜間の外出を避け、蚊帳を利用する等の蚊に刺されない工夫が必要である。
・HIV 感染症(エイズ)
国内で急速に広がっており、人口の数%が HIV 陽性とも言われている。売春婦との性行為によって広がっているとも言われ、注意する必要がある。
・高病原性鳥インフルエンザ(H5N1)
WHOの統計によると、2003年以降 2012 年までの感染者数は21人、うち死亡者が19人であったが、2013年に入り感染者数は26人、うち死亡者が14人と、感染者、死亡者ともに急増した。2014年は感染者数9人、うち死亡者が4人、2015年は感染者数0人と事態は終息に至ったものの予断は許されない。鳥の死骸には近づかない、鳥肉を食べる際には十分に加熱されていることを確認する、普段から手洗い、うがいを励行する等の対応が必要である。
・デング熱
2015年11月までに、カンボジアでは死亡者35人を含む1万4,005人のデング熱患者が報告されている。デング熱を発症したことのある人が2度目に発症すると、場合によっては症状が重篤化し死に至る場合もあることから特に注意が必要である。デング熱はマラリアと同様に蚊を介して罹患することから、蚊に刺されない工夫が必要である。
(2016年2月22日発行)
※本稿は、弊社発行のリスクマネジメント最前線「カンボジアの概況とビジネスリスク」(2014年1月6日発行)を加筆・修正のうえ、発行しています。
参考情報
執筆コンサルタント
青島 健二
タイ国東京海上火災保険株式会社(東京海上日動リスクコンサルティング株式会社より出向) 主席研究員
参考資料
United Nations Development Programme /Asian Development Bank and Cambodia: Fact Sheet/US Census Bureau /Transparency International/カンボジア情報通信事情(ITUジャーナルVol.45)/JETROプノンペン事務所提供資料、JICAカンボジア事務所提供資料/在カンボジア日本国大使館ホームページ/厚生労働省検疫所ホームページ
脚注
[1] | 内戦下に埋設された大量の地雷は、今でも多くの犠牲者を出している。2012年は186人が地雷の爆発により死亡している。 |